二 ため池の四季 〜笠堤〜


 三月初旬、堤防に育つ四本のヒサカキの花が、沈丁花にも似た香りを放っている。セイヨウミツバチやコマルハナバチ、ハエが早々と訪れて盛んに蜜を吸う。

新緑の笠堤


ヒサカキの花にセイヨウミツバチ
 土手の枯れ草には、越冬していた蝶のルリタテハが翅を広げて暖を取り、池では間もなく北の国へ旅立つマガモ・ヒドリガモ・キンクロハジロ・ホシハジロ・ハシビロガモ・コガモ・ヨシガモが、一五〇羽ほど群れをなして泳いでいる。

日差しを受けるルリタテハ
 キンクロハジロとホシハジロは、ひっきりなしに水中へ潜って小魚や水生昆虫を、ハシビロガモは、泳ぎながら広くて長い嘴で、水面のプランクトンを捕食している。水も緩み大きい魚が水面近くを泳いでいるのか、ミサゴが池の上空をゆっくり飛翔しながら、様子をうかがっている。

魚を狙うミサゴ

 スギの梢では、ホオジロが口ばしを大きく開けて、天に向け精いっぱい囀る。ある日、池南側の林に入ると突然若いイノシシが飛び出し、あわてて斜面をかけ上り逃げて行った。

梢でさえずるホオジロ

初 夏
 カモが北国へ渡り、新緑に囲まれた笠堤は満水で、静かな佇まいである。水面には、数羽のカイツブリが、大陸へ旅立ってしまったカモのあとを、我がもの顔に池全体で潜りを繰り返す。

ため池の常連カイツブリ

 森から突き出た大きな枯れ木には、カワウとアオサギが時おり大きな翅を広げながら休んでいる。ダイサギとコサギも、広い池に点在して、魚やスジエビ、水生昆虫を獲っている。空飛ぶ宝石と呼ばれているカワセミが、チリリッ、チイーと鋭く鳴きながら、広々とした池を新幹線のようにまっすぐ移動し、池辺の木の枝に止まった。

空飛ぶ宝石のカワセミ

 南方の国から帰ってきたツバメは、飛翔しながら素早く水面の水を飲む。水上を舞う昆虫も啄んでいるようだ。林の中からは、ウグイスが池を挟んで、縄張り争いを感じさせない心地良い声で鳴き合っている。ヒヨドリ・カワラヒワ・メジロ・ホオジロ・コゲラ・エナガなども、それぞれにいつものように姿を見せる。

コゲラ

 藤の花のまわりでは、クマバチがホバリングと瞬間移動を繰り返して蜜を吸っている。シオカラトンボやコシアキトンボが、他の種のトンボよりひと足早く羽化して飛びまわる。

コシアキトンボ

 天気の良い日は、ミシシッピアカミミガメが、池の中から突き出た枯れ木で、のんびりと甲羅干し。雨の降った後の朝、池周囲のアスファルトの道路には、イノシシの足跡が残っていることが多い。夜の池周辺は、年中イノシシの世界となっているのだろう。

ミシシッピアカミミガメ

盛 夏
 七月になると、堤防の直ぐ下の水路には、沢山のヨシノボリの幼魚が、遥か下方の太刀洗川から遡上してたどり着いている。また、日本古来の田螺(マルタニシ)やご雛(カワニナ)も繁殖している。
 土手横のクサギの花には、モンキアゲハが蜜を吸いにやってくる。飛翔の様子が蝶に似ているチョウトンボが、広い池の水面をヒラヒラと羽ばたき横切って行った。岸辺のヨシの葉に真っ赤なショウジョウトンボが静かに止まっている。

ショウジョウトンボ

 八月はさらにトンボが活発に飛びまわる。ウチワヤンマ・オニヤンマ・コシアキトンボ・シオカラトンボ・ショウジョウトンボ・群れをなすウスバキトンボ、人の目には分かりにくい餌となる小さな昆虫が飛んでいるのである。対岸の木陰には、越夏しているエクリプス(夏期に♂が♀と似た地味な羽色になること)のオシドリもときどき姿を見せる。



 九月の終わり頃、水田用の水が止められると、堤防下の出水口に、七月に小さい体で遡上してきたヨシノボリが、大きく成長した姿を見せた。

ヨシノボリ

 ドジョウ、ドンコ、スジエビもいる。アメンボウが、池一面に隙間のないように繁殖しているのに驚かされる。池全体で一億頭は遥かに超えそうである。

大群のアメンボウ

 十月中旬、池の岸辺には冬眠前の大群のカエルがいて、近づくと一斉に跳ねて水中に飛び込み、その後、頭だけを出し警戒している。 カエルはヌマガエルが多いが、中には幼いウシガエルも含まれている。

大群のヌマガエル

 その岸辺の泥には乱れたイノシシの足跡があるので、カエルを獲りに来たのであろう。水田で見られなくなった蛇のヤマカガシも姿を見せ、健在であることが分かった。モズの高鳴きもよく響き渡り、冬鳥のジョウビタキも大陸から渡ってきた。
 この時期、いろいろなカモが飛来し、また一段と賑やかになってくる。コガモ・ハシビロガモ・ホシハジロ・ヒドリガモの飛来が早かった。カモの種類や数は日々異なっているが、それは餌や安全な場所を求めて、町内外のため池やダムなどを行き来しているからである。平成二十五年十月二十日、オシドリが大集合、その数なんと一〇〇羽を超えていた。
堤防からフィールドスコープで観ると、オシドリの際立った美しさ、可愛らしさが目に入る。

オシドリの♂♀

晩秋から冬
 つる植物が枯れ始めると、その果実が甘さを増している。それをメジロが幾度となく訪れて啄んでいる。

メジロ

 カモは随分と多くなり、そのカモを狙って、国内の北方から南下して来たオオタカやハイタカの出現回数も増える。オオタカが池の高い位置にある木からカモをめがけて飛翔してくると、一〇〇羽を超えるカモが一斉に水中に潜り難を逃れる。一斉に水面から飛び立って逃げることもある。あるとき、水面から飛び立ったバンが空中で一瞬にしてオオタカの足爪で傷つき水面に落下、オオタカも水面に降りてバンを片足の爪にひっかけて、対岸まで泳いで懸命に抵抗するバンを陸に引き上げ捕獲した。

バン・サギ・カモを狙うオオタカ


バンを捕獲したオオタカ
 春が近づく二月下旬になると、一部のカモたちが大陸を目指し、旅立ちを始める。渡りの中継地として、他の地域から来た群れが休息し、カモの増減が繰り返される。池の水面には、各種のプランクトンから成る水の華ができ始め、いろいろな水生の生き物の動きも出始めている。

水の華
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